うるう年の狂い方説明書
今週のお題「うるう年」
うるう年は《特別感》を感じさせる事件であって、月食・日食と同様に、親戚感?親近感?もわく。
同じ宇宙に関することとはいえ、月食・日食は自然現象、たとえば偶然水滴が落ち、一瞬を切り取ったミルククラウンのような、ただの出来事であることに対し、
うるう年は、数量調整であり、もし、この英知の結晶ともいえる調整がなければ、2/365=182.5つまり182.5年後には夏が冬となりえる。
だがしかし、ここで、1つの疑念が誕生した。
4年に一度、24時間増えるのであれば、、、
一年を365日と6時間にすればよいのでは。
いやいや6時間って日じゃない。と思う場合もあるに違いない。
6時間は60*6=360分
なので、360/365分を1日にたせば良いのだ。
むしろ、バッファーの時間として定義することもできたはずだ。
例えば1日の終わりに0時のあとに、今日でも明日でもない空白の時間を定めることだって
できたはずだ…
だがそれは合理性に欠けた。
白と黒のようにはっきりさせた。
時間のない時間など、それは、人間の思考にそぐわなかった。ヒトらしくなかった。
うるう年はヒトの合理性を追及した結果、たまたま誕生した、不合理な真実である。
だからこそ特別なのだ。
ヒトは正論、合理性を追及する種かもしれないが、4年に一度、事件が起きる。
合理性を追及しても、明確な答えをだしても、時に、狂いが生じる。
1+2=3であるが、
答えは、3000年後には4になっているかもしれない。
狂った事件である。
あとは、そう、どうして、うるう年が2月にあるのかも……
きっと合理的な理由があるのだろうな。